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一週間で二万字書いてやろう6

 アパートに帰ると、シオリの姿はどこにもなくなっていた。バスタブには彼女の体温を残したようにぬるくなった水だけがあって、昨日の夜や今朝のことが幻のようだった。本当のところ、シオリは幻だったのかもしれない。しかし、それなら今朝の会話はなかったことにしてほしかった。昨夜だけのことなら、酔っ払いの妄想として片付けることができたのだ。
 バスタブの底に、銀色の球が落ちていた。拾い上げてみると、大粒の真珠だった。かなり大きい。標準的な真珠のサイズは知らないが、十円玉の直径ほどもある真珠は小さくはないだろう。どうやら人魚の涙が真珠になるというのは本当だったらしい。もっともシオリのことだから、どこかでくすねてきた模造パールを置いていっただけのことかもしれないが。ともかく人魚の世界にも一宿一飯の恩義に報いるぐらいの常識はあったようだ。売ればいくらになるだろう。そう思ったが、結局売れないだろうとも思った。
 喪失感とも安堵感ともつかない感覚を覚えながら、僕はバスタブの栓を抜いた。ゴボゴボと音をたてて、渦を巻きながら水が流れて落ちていった。その音を聞きながら、バスルームを出て居間に移った。
 机を見ると、そこに置いてあったはずの本が消えていた。三百円で購入した『人魚』はシオリ同様どこかへ消え去って、何の痕跡もとどめていなかった。やっぱりな、と思った。大学で雨上がりの空を見たときから、こうなる予感があった。おそらく、雨がシオリを人魚に変えるのだろう。彼女本人がそれを知っていたのかどうかは、わからなかった。いずれにせよ、いろいろ調べるだけ無駄だったというわけだ。もう少し早く気付いてしかるべきだった。どうも、僕は肝心なところで抜けている。
 真珠を机に転がした。滑るように転がって、湯飲み茶碗にぶつかった。思いがけず、いい音が響いた。僕は焼酎を飲むことにした。平日は飲まないようにしているのだが、今日みたいな日は飲んでもいいだろう。まだ早い時間だったが、どうにも飲まずにいられない気分だった。湯飲み茶碗を洗い、冷蔵庫から水羊羹を出してきて、昨日と同じようにやり始めた。どういうわけか、昨日のことのはずが一ヶ月も前のことのように思えた。
 ほどよく酔いがまわったところで、ギターを持ってきた。まだ痛みの残る指で、昨夜教わった曲を弾いてみた。人間の手にもどうにか可能なほどの曲だったが、あいにく僕の腕では無理だった。それでも、酒を飲むたびに練習していればいつかは弾けるようになるだろう。いつになるかは見当もつかないが。
 その夜、僕は記憶がなくなるまで酒を飲み、指に血がにじむまでギターを弾いた。そして、アルコール漬になった思考の中で一つの決心をした。昨日からのことを本当に小説にしてやろうと。うまくすれば、良い話が書けそうだ。タイトルは──。『雨の日の人魚』にしよう。これは名案だ。つらつらとそんなことを考えるうち、いつのまにか意識が消えていった。

 その後、雨が降る日には何となく例の古書店を訪ねるようになった。ふだんは必ずシャッターを閉じている店だったが、雨天の日には例外なくシャッターを上げていた。曜日や時間帯は関係なかった。雨さえ降っていれば、午前零時でも開いていた。長く続いた梅雨のうち何度となく訪れたが、結局その店で『人魚』が見つかることはなかった。店主にも色々と訊いてみたものの、無愛想なその男からは決してまともな返事が返ってこなかった。
 もっとも、『人魚』を見つけてそれをどうしたいのかというと、僕自身よくわからなかった。もう一度シオリに会いたいという気持ちは、それほど大きくなかった。そういう気持ちになるような関係まで踏み込まなかったし、万一彼女が人間になったとしても僕の理想からは遠すぎた。だから、必死になって『人魚』を探すようなことはなかった。ただ、雨の日に和菓子屋へ行く途中で古書店を軽く覗いてみるだけだった。
 そうこうするうち、冗談のように書いていた『雨の日の人魚』は最後まで書き上がってしまった。ボールペンで書かれた汚い手書きの原稿用紙は、四十枚ほどになった。松田に読んでもらうとあまり良い評価はもらえなかったが、級友の女友達には例外なく好評だった。皆、口をそろえてシオリの性格が良いと言った。まったく理解できなかった。架空の世界の話だからそんなことが言えるのだろう。実際に会話を交わしたら、むしろ女性たちのほうが先にケンカになるだろうにと思った。
 小説のほうは一ヶ月で書き終えたが、ギターのほうはというとあまり進歩がなかった。それでも、以前よりはまじめにギターに接するようになった。おかげで週末の酒量は減った──のならよかったが、なぜか逆に増えた。ギターと酒は相性がいいのだということを改めて確信した。
 ギターは上達しないままアルコールにだけはどんどん強くなり、やがて長かった梅雨もあけて夏になり、夏休みが終わって秋が訪れた。この年の秋は短かった。例年より十日も早く東京に冬日がやってきて、年が明けるとすぐに大雪が降った。殊に一月三日は早朝から記録的な豪雪に襲われて、年明け早々テレビや新聞は大騒ぎだった。
 その日、僕はというとクリスマスの数日前に級友からの紹介を受けて付き合い始めたばかりの女の子と、仲良くギターなどを弾いていた。真知子という名だが、周囲の誰もがチコと呼んでいた。おとなしい娘で、ギターが弾ける以外はシオリと共通する部分など一つもなかった。髪は黒いし、なにより会話が上品だ。理想のカノジョだが、どこか物足りないような気がするのはシオリの残した悪影響だと思うことにした。
 チコは『雨の日の人魚』を読んで、「悲しいお話だね」と言った。実話だとは伝えなかった。机の引き出しにしまった真珠を見せたらどういう顔をするだろうと想像をめぐらすのが、楽しみの一つになった。いつかチコと結婚する日が来たとして、シオリの残した真珠で指輪を作ってやるのは悪い考えではないだろう。その前に一度、本物かどうかを確かめる必要はありそうだったが。
 新年三日めの大雪の午後、チコの希望で僕たちは街へ出かけることになった。初詣に行きたいというのだ。全国的にも有名な神社の境内が、街の中央に広がっている。ふだんは老人ばかりで活気のかけらもないこの街だが、年始の季節だけは異様なほどの活況を呈する。初詣のためだけに存在するような街なのだ。にも関わらず、今年は元日から降り始めた雪のためか、参拝者も少なく街全体が沈んだムードに包まれているようだった。
 例年は人であふれる神社への大通りも、今年の一月三日は一面の雪に覆われて、人影もまばらだった。僕はチコと手をつないで、除雪された歩道を歩いた。チコがそうしたいと言うので、カサは一本しか持ってこなかった。ときどき自己主張する彼女を見るたびに、シオリを思い出した。半年が過ぎて、もう会ってみたいとは思わなかった。薄情なものだ。
 ふと足が止まった。古本屋の前だった。いつも閉じられているシャッターが開いていた。雨の少ない真冬の季節には、久しぶりのことだった。参拝者目当てというわけではないだろう。雪が降っているから開けたのに違いない。ここは、そういう店だった。僕はチコを連れて店に入った。彼女は何も言わず、黙ってついてきた。
 我知らず、目を疑った。半年前に『人魚』を見つけたのとまったく同じ場所に、同じ装丁の本が置かれていたのだ。薄い青色の布張りの装丁に、銀糸で刻まれた二文字の題名。手に取って開いてみると、どのページも真っ白だった。まるで外の風景のように。真ん中あたりのページに、栞が挟まれていた。どこも折れてはいなかった。シオリではないのだということが、それでわかった。開く前からわかっていたことだったが。
 本を閉じて、もとあった場所にもどした。今の僕には必要なさそうだった。それに、題名が違う。書架にもどしたその本の背表紙には、銀糸の刺繍でこう書かれていた。──雪女。
 僕はチコの手を引いて店を出た。無愛想な店主の含み笑いが聞こえたような気がしたが、すぐに聞こえなくなった。雪は当分やみそうになかった。



   ──以上、完結。17306文字。



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コメント

 よっしゃー、最後まで書いたぞー。でも字数が足りねぇぞー。やっぱり第二話に挟む予定だったチコの登場シーンを削ったのがマズかったかー。今から書き足して間に合うかなー。あー。推敲もしなけりゃならんしなー。あと八時間かー。うげー。



 あー、最後まで読んでくださった皆様、おつかれさまでした。感想など書いていただけると、ありがたいというか助かります。とくに誤字脱字の指摘などは大変ありがたいです。一箇所もないと思いますが、最後のほうはかなり急いだので見落としがあるやもしれず。
 ちなみに、感想の数によって今後ここで小説をやるかやらないか判断いたします。本来、ブログで小説書くこと自体が間違いだしなぁ。皆様の温かいご意見や冷たいご意見、お待ちしております。

| 牛 | 2004/06/30 3:57 PM |
3幕目で人魚が話し始めた時は正直「ウヘエ」ってなりましたが。
(2幕目で終わるような話が僕的にはすきなんで)終わってみると
結構面白い短編でした。最後の本は最初と同じ「人魚」だったり
する方が人によっては受けがいいんじゃないですかね?ていうか
表の小説よりこっちの方が面白いと思うのは気のせいでしょうか?
| がうろん | 2004/06/30 5:16 PM |

 へっへっへ。二時間半で2500字書いてやったぜ。新記録だな、これは。たぶん、これから同じぐらいの時間をかけて推敲することになるんだろうけど。とにかくノルマの20000字達成。書き足したのは、主に第二幕と第三幕の間に挟まれるチコさん登場場面です。萌え萌えです。ウソだけど。
 つーか、もう限界……。なぜ私はケツに火がつかないとやる気にならんのだろう……。今から推敲したあと、応募用メールを書いて宣伝用にSGもちょっと更新して……。死ぬかも。
 そもそも、こういう話って先方さんの希望にまるっきり沿ってないような……。なんか、普通にどこかの賞にでも送ったほうがいいような気がしてきた。「よくがんばったで賞」ぐらいもらえるかもだ。




> がうろん
 あー、本当ならこれはもっと暗い文体でどんより進行する長編小説として書かれるべきものだったのです。第一幕の出だしあたりがその名残というか未練を残しております。
 長編で書いた場合、最後の本は『人魚』になる予定でした。そもそも、最初のプロット自体が長編として書かれたものなので、あちこち(特に最終章)に強引な展開があります。




 応募してみてダメだったら長編に書き直してみようかなぁ。若干エロを追加しつつ、ものすげぇ救いのない話にして。考えてみれば、この話を最初に考えたとき、シオリは口がきけなかったんだよなぁ。どこがどうなってこうなったのやら。



 ……あぁ、その前に『クローム』書かんと。いや、その前に百合小説。の前に雑文一本更新。……アタマおかしくなりそう。
| 牛 | 2004/06/30 6:36 PM |
 いやいや、なかなか面白いじゃないですか。
 ちょうど第五幕ですか、あの辺りでこの話は長編で読んでみたいなぁと思っていたので、もしも書き直すならば読んでみたいですね。まあ匂いの記憶みたいにはならんだろ。
 第六幕は随分と急ぎ足に進むので、今までの緩い、いい雰囲気が崩れたような気がします。やはり長編向きの小説だったのでしょうか。
 個人的には彼女が消える場面にもう少し余韻が欲しかったり、なぜどのように真珠を残したか書いて欲しかったりしますが、あえて書かないところに良さがあるのかもしれませんね。
 何気5年くらいSG覗いてたりして、その実書き込むのは初めてなんで、ちょいドキドキ。するわけないんですが、これからもちょくちょくお邪魔しますね。

 以上、毒にも薬にもならないような感想でした。
| くろう | 2004/06/30 8:10 PM |
面白かったです!
書上げた小説を見せた時の女友達の感想とまったく同じなんですが、
シオリの性格が良いですね。
この前の殺し屋と少女の話も面白かったです。
クロームの方がまったく更新されないのは悲しいですけど、
blogの小説は定期的に更新されるので、
こっちで続けて欲しいなー。
表の小説より砕けた感じで私は結構好きなんですが、
blogだとまとめ読みしにくいです。
ここで書いた小説を表の方にUpする予定はないんですか?
| えりりん | 2004/06/30 9:57 PM |
楽しく拝見しました。お疲れ様であります。
人魚の性格はボイルドされていて好感でした。ギター弾きに関する場面の臨場感とかは、さすがです。
個人的には、もう少し人魚後を暗い感じにすると味わい深くなったかもなぁとか思っていますが、原稿用紙50枚程度の短編であれば、これくらいのあっさりした雰囲気で締めるのも悪くないと感じました。

あと、クロームの時から思っていたんですが、

 1. アイス氏の文章は筆が速い時の方が一般読者向け
 2. アイス氏は字数を事前に決めて書く方が抑制が効いてまとまりが良い

ような気がします。個人的な感触ですが。
恐らく、本来の力量から少し手を抜いたくらいの力加減が、娯楽モノとしてはちょうどいい按配なのではないでしょうか。
あと、字数を決めて書くと自然と苦手な部分(氏の場合は会話シーンとか)を長めに、得意な部分(氏の場合は世界設定の詳細描写とか)を切り詰めることになるので、バランスが取りやすいのかも知れません。
普通、文章の練習とかいう場合、三題話とかでテーマのつなぎとかを工夫してみたりするんですが、氏の場合そこらへんの技量は無問題だと思うので。

ところで、これはどこかに送るのでしょうか。
普通に、どこかの出版社の短編系の賞に応募しても良いレベルだとは思いますが。

あと、何故か第二話の分類がTextになっていません。一気読みの場合、分類別表示が便利なので、分類はきちんと整理しておく方が良いと思います。
いや、私もよくミスするんですが。

次回作も楽しみにしています。クロームも書いてください是非。
| 徳田 | 2004/07/01 12:54 AM |
小説はちょっと読んだだけ。いやおもしろくないわけじゃ全然ないよ。前に話したTGの延長のゲームの掲示板に延々キャラバランス論を書いてるのに忙しいだけだよ。

まあ俺がいいたいのは、さっさと投稿用の小説を書け馬鹿牛^^ ってこと。
| 山田@ねるぽ^^ | 2004/07/01 2:11 AM |

 皆様ご感想ありがとうございます。

> くろう
 ちょくちょくお邪魔してください。なにを書いてもオッケーですんで。
 最初の案では、シオリは半年ぐらいバスタブで生活しつづけて、徐々に衰弱しながら死んでしまう話だったのです。しかしそれはありきたりな話だと思えてきたので、結果このような形になった次第。主人公との間にも恋愛感情が出てくるはずだったんですが、どうもそのあたりの心理を書くのが面倒になったという……。



> えりりん
 ブログで連載することの最大の欠点が、時系列順に読めない点なんですよね。そういうわけで本サイトの方にまとめるのは良い案なのですが、今回のお話は諸事情あって完成版は公表できません。代わりにハードボイルドな殺し屋(名無し)のヤツを加筆修正してUPしますんで。しばしお待ちを。



> 徳田
 毎度どうも。第二話のカテゴリは修正しておきました。
 投稿先は連載前日の宣言どおり、Type Moonのライター募集広告です。たぶん、まるっきり見当はずれの作品だとは思うのですが、そこいらの文学賞よりは倍率低そうだったので。
 手抜き文章のほうが読みやすいというのは、昔からよく言われますねぇ。標準的な感覚より文体が重いんだろうなぁ。軽い文体も嫌いではないんですが、作品自体まで軽く見えてしまうのが問題なんですよね。バランスが難しいなぁ。
 あ、そうそう。先日はおめでとうございました。

> 山田
 まだやってたのか。面白いんですか、そのゲーム。
 投稿用の小説(クローム)も書いてますよ。リライトにリライトを重ねて、もはや別の小説になってますが……。

| 牛 | 2004/07/01 3:33 AM |
有難うございます。今、どんなパラメータにするか悩んでいる最中です。恐ろしいことにこのゲーム、プレイヤーのリアル性質とRMでほとんどの能力値が決まってくる、しかもキャラの作り直しが出来ないと言う超不親切なインターフェイスを採用していることが判明しました。冗談です。

それはともかく。
ああそうかType Moonの奴でしたね。む。読んでてすっかり忘却の彼方ということはイメージ違いすぎという感想をつけるべきなのだろうか。
まあでも、どんな作品が望まれているのかさっぱり分からないので出してみる価値は有るんじゃないでしょうか。他の人が月姫系に引きずられていれば、異彩を放って目立つかも知れませんし。
| 徳田 | 2004/07/01 10:22 PM |

 そのゲームは、ファイター系にするかウィザード系にするかが最初の二択ですね。あえてシーフ系にすると有名人になるかもしれませんが。



 まぁイメージ違いすぎってのは明白ですな。おそらく応募作の中で最も意表をついた作品でしょう。意表をついてもしょうがないんだけど。なんか、担当者に対するイヤガラセだったような気がしてきた。

| 牛 | 2004/07/01 11:41 PM |
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